聖書を読む 「ファリサイ派」

※私はミッションスクール出身ですが洗礼を受けていません(信徒でない)、 あくまで文学・歴史書として読んだ場合の個人的な感想です。基本的に信徒以外の方に向けて書いております。

ファリサイ派とは?

新約聖書には「ファリサイ派」という言葉が度々登場します。

実はこの言葉はユダヤ教のグループを表す言葉なのです。
ユダヤ教にも仏教だと曹洞宗や浄土真宗、イスラム教だとシーア派やスンニ派の様な異なるグループが存在し、その中でも聖書で頻繁に登場するグループが「ファリサイ派」なのです。

彼らは「律方」を非常に重視するグループなのですが、
それが故に、必要であれば「律方」を破ることを厭わないイエスと度々衝突してしまいます。
そして福音書の内容は、彼らと対立した事により最終的にはイエスが処刑されてしまうお話の構成になっているのです。



戒律主義的?

「ファリサイ派」が厳格に守っている「律方」とはタナハ(ヘブライ語聖書)の中に含まれる、トーラー(モーセ五書)の事です。
そしてこの「タナハ」は大雑把に言ってしまうと「旧約聖書」と同じ物なのです。

そもそもユダヤ教はこの旧約(神との契約)を守ると事を目的とした宗教であり、そこから派生したキリスト教も新約(神との新しい契約)を守る宗教です。
もちろんイスラム教もクルアーン(神からの最後の啓示)を守る訳で、そうすると本当はみんな戒律主義者とも言える訳です。



聖書を読まない?

別の記事で、「聖書を読破する事が目的になってはいけない」みたいな空気がある様な気がする」と書きましたが、
このような背景を考えると「聖書を読む事が全てではない」むしろ「聖書を読むなんて戒律主義者みたい」と考える信徒さんがいても不思議ではありませんよね。

誤解を招く表現があるかもしれませんが、まとめるとこのような感じでしょうか。
ユダヤ教ファリサイ派 ユダヤ教イエス派(仮)
律法(神の言葉)が何よりも正しい 律方が全てではない
後のユダヤ教 後のキリスト教

最後に、現在のユダヤ教徒の多くはこのファリサイ派の流れを汲んでいます。
ヨーロッパでは昔からキリスト教徒とユダヤ教徒は仲が悪かったなんて話を聞いた事がありませんか?
本当かどうかはわかりませんが、そうだとしたら原因の一つはこういった価値観の違いなのかもしれませんね。



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歴史・経済に興味有り

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