聖書を読む 「エドム人とヘロデ朝」

※私はミッションスクール出身ですが洗礼を受けていません(信徒でない)、 あくまで文学・歴史書として読んだ場合の個人的な感想です。基本的に信徒以外の方に向けて書いております。

エドム系の王朝


イエスが活躍した時代のパレスチナにはヘロデ朝(Herodian Dynasty)と呼ばれる王朝が存在しました。この王朝はエドム人達がユダヤ人に同化させられてしまったハスモン朝に続く王朝です。

ヘロデ朝は「ヘロデ」と呼ばれる人物が紀元前37年にローマの元老院から「ユダヤ人の王」の称号を与えられた事から始まるのですが、面白い事に彼はエドム系のユダヤ人でした。つまりヘロデ朝とはエサウの子孫が建てた王朝といった面白い側面を持っているのです。

この事実を知ると、新約聖書の中でユダヤ人の統治者である彼等までもが悪く書かれている理由が少しだけ納得出来るのではないでしょうか。



マタイによる福音書のヘロデ


ヘロデは紀元前4年までパレスチナを統治する為、イエス誕生時の王様ということになり、この事は新約聖書でも「マタイによる福音書(St_Matthew)」に書かれています。

マタイによる福音書 2:1-2 口語訳
1イエスがヘロデ王の代に、ユダヤのベツレヘムでお生れになったとき、見よ、東からきた博士たちがエルサレムに着いて言った、 2「ユダヤ人の王としてお生れになったかたは、どこにおられますか。わたしたちは東の方でその星を見たので、そのかたを拝みにきました」

マタイによる福音書 2:13 口語訳
彼らが帰って行ったのち、見よ、主の使が夢でヨセフに現れて言った、「立って、幼な子とその母を連れて、エジプトに逃げなさい。そして、あなたに知らせるまで、そこにとどまっていなさい。ヘロデが幼な子を捜し出して、殺そうとしている」

マタイによる福音書 2:16 口語訳
さて、ヘロデは博士たちにだまされたと知って、非常に立腹した。そして人々をつかわし、博士たちから確かめた時に基いて、ベツレヘムとその附近の地方とにいる二歳以下の男の子を、ことごとく殺した


ヘロデの幼児虐殺


「マタイによる福音書」の2章は「新たな王(イエス)の出現を知ったヘロデ王がイエスを殺す為に、イエスの生まれた村付近の幼子をことごとく殺す」といったヘロデ朝へのプロパガンダ的な内容になっており、信徒の間ではこの時殺された子供達は1万~6万人程と認識されているようです。

ヘロデ王が本当にこのような残虐行為を行ったのかは分かりませんが、子供の人口が10%程と考えるとベツレヘム附近には10万人~60万人程の人が住んでいた事になり(東京都八王子市で58万人程)、当時ベツレヘムが相当な田舎だった事から考えると(数百~千人程)、事件の規模はもう少し違っていたでしょう。

又、このシーンはよく映画等でオマージュされるので、何となく似た話を聞いた事がある人もいたのではないかと思います。





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