聖書を読む 「ヤムニア会議」

※私はミッションスクール出身ですが洗礼を受けていません(信徒でない)、 あくまで文学・歴史書として読んだ場合の個人的な感想です。基本的に信徒以外の方に向けて書いております。


聖書に加えるか否か


「誰を預言者と認めるのか」という問題については既に書きましたが、同じ様な理由で「どの文献を聖書に収めるのか(本当に信じて良い預言なのか)」という問題が当然出てきます。

聖書は時代が進むにつれて収められる文献の数がどんどん増加した為、非常にボリュームのある書物になりましたが、逆をいえば初期の聖書は我々の知る聖書と比べると至ってシンプルな物だっただろうと推測できます。

増え続ける文献について「本当に正典として相応しい書はどれなのか」という議論は常に行われて来た訳ですが、ユダヤ教では紀元90年頃にファリサイ派を中心に「ヘブライ語聖書」の正典を確定させるべく研究が開始されます。


ヘブライ語聖書の完成


研究を行っていた土地の名前から「ヤムニア会議」と呼ばれるその研究の結果、彼らが完成させた正典は「マソラ本文(Masoretic Text)」と呼ばれます。

この「マソラ本文」はユダヤ教徒達の間で伝承され続け、現在でも「ヘブライ語聖書」と言えば「マソラ本文」の事を指します。更に、1947年にパレスチナで発見された紀元100年頃に書かれた写本と殆ど同じ内容であった事から、彼等の聖書はヤムニア会議によって確定されたといえます。

余談ですが、「ヤムニア会議」ではヘブライ語写本を持たないという理由で「七十人訳聖書」の複数の文献を正典から除外した他、ユダヤ教の教会に相当する「シナゴーグ」からキリスト派を追放する事が決められるなど、キリスト派を意識した政策も行われた。



手を加えられない事の意味


「マソラ本文」は現在まで殆どそのままの内容を伝承されて来た非常に面白い書物ですが…その事は一つの恐ろしい事実の現れでもあります。

収められる文献の数がどんどん増加する特徴を持っている「聖書」ですが、彼等の宗教感を考えれば神からの指示は随時更新される為、新しく登場した預言者の言葉は全て文書化するべきであり、聖書がどんどん長くなっていく事は特段おかしな事ではないのです。

むしろヤムニア会議後に聖書に収められる文献が増えていない事実は、「預言者」がピタリと登場しなくなった事を現しており、その様な異常事態が千年以上も続いている事を示しているのです。



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おぼさりてい

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