聖書を読む 「大祭司」

※私はミッションスクール出身ですが洗礼を受けていません(信徒でない)、 あくまで文学・歴史書として読んだ場合の個人的な感想です。基本的に信徒以外の方に向けて書いております。


ユダヤ教の大祭司


アブラハムの宗教では「預言者」が非常に重要な役割を持つ訳ですが、通常の宗教では神道の神主の様に「神と人との間を取り持つ」役職の人間が神殿(社)に常駐しているイメージがあるのではないでしょうか。

実は、この神主に相当する役割がユダヤ教にも存在します。
ユダヤ教には「祭司」と呼ばれる人々がおり、中でも「大祭司」と呼ばれる役職の者は「神の意思を民へ伝える」役割を持っているのです。

これは非常に重要な事です。何故ならば「大祭司」は突発的に表れる「預言者」達とは違い基本的に世襲制の役職です、つまりイスラエル人達のコミュニティーにはいつの時代でも常に本物の預言者が1人は存在していたという事になるのです。



ピネハスの契約


「大祭司」はアロンの子エルアザルの家系の者で、その最年長者が世襲する事になっており、これは民数記において神が「ピネハス」に授けた契約を根拠としています。

民数記 25:10-13(口語訳)
10主はモーセに言われた、 11「祭司アロンの子なるエレアザルの子ピネハスは自分のことのように、わたしの憤激をイスラエルの人々のうちに表わし、わたしの怒りをそのうちから取り去ったので、わたしは憤激して、イスラエルの人々を滅ぼすことをしなかった。 12このゆえにあなたは言いなさい、『わたしは平和の契約を彼に授ける。 13これは彼とその後の子孫に永遠の祭司職の契約となるであろう。彼はその神のために熱心であって、イスラエルの人々のために罪のあがないをしたからである』と」。



キリスト教の大祭司


キリスト教でも「大祭司」という単語は重要な役割を担っています。
新約聖書に収められている「ヘブル人への手紙」にはイエスはそれまでの大祭司を超えた「永遠の大祭司」であると書かれているのです。

ヘブル人への手紙 7:28(口語訳)
律法は、弱さを身に負う人間を立てて大祭司とするが、律法の後にきた誓いの御言は、永遠に全うされた御子を立てて、大祭司としたのである。

ヘブル人への手紙 7:28(ALIVE訳)
古い祭司制度のもとでは、大祭司といえども、自らを過ちから守ることのできない弱い人間だった。
しかし後に、神は誓いをもって、自分の一人子ひとりごという完全な方を、永遠の大祭司に任命されたのだ。

上記は同じ箇所を抜き出したものですが、翻訳によっても書き方が結構異なっているのが面白いです。この書簡はヘブライ人(ユダヤ人)に宛てて書かれた訳ですが、当時の彼らを納得させるために大祭司とイエスの関係性について言及する必要があった事が伺い知れます。



スポンサーサイト



聖書を読む 「七十人訳聖書」

※私はミッションスクール出身ですが洗礼を受けていません(信徒でない)、 あくまで文学・歴史書として読んだ場合の個人的な感想です。基本的に信徒以外の方に向けて書いております。


ギリシア語の聖書


イエスが活躍した時代は、アレクサンドロス3世(アレクサンダー大王)の東方遠征により、古代ギリシア文明と古代オリエント文明が融合したヘレニズムが出現して既に300年以上が経過しており、パレスチナでもギリシャやイラン等世界中の素晴らしい文明に触れる事が出来る様になっていました。

当然パレスチナでもヘレニズムは多くの人達に影響を与えており、ユダヤ教イエス派の人達の多くは「七十人訳聖書(Septuaginta)」と呼ばれる「ギリシア語」に翻訳した聖書を読んでいたと推測されています。有名どころでは、キリスト教の成立に多大な影響を与えた「パウロ」も書簡に「七十人訳聖書」を引用しています。

キリスト教では「七十人訳聖書」を現存する最古の旧約聖書という扱いにしていますので、基本的には現在信徒さん達が信仰している「旧約聖書」とほぼ同じ物と考えても差し支えないと思います。


七十人訳聖書とユダヤ教


聖書には「外典(Apocrypha)」と呼ばれる文書群が存在しますが、ユダヤ教の「外典」はファリサイ派が主導したヤムニア会議でヘブライ語聖書に納める文書の見直しを行った際、除外された文書の事をいいます。

そして前述した「七十人訳聖書」は、ヘブライ語写本を持たないという理由で「正典(Canon)」から外されてしまいます。

ややこしいですが「七十人訳聖書」が外典に指定されたとはいえ、「七十人訳聖書」に納められている文書の多くはヘブライ語の写本を持つ他の聖書と同じです(モーセ五書など)。結果的には「七十人訳聖書」の内「シラ書」や「マカバイ記」などの、ヘブライ語写本を持たない文書が外典の扱いとなったと考えた方が解りやすいかもしれません。



七十人訳聖書とキリスト教


注意が必要なのはイエスの時代にはすでに「七十人訳聖書」は完成しており、多くのユダヤ人達の信仰の対象になっていた事です。つまり「イエス派が自分達の都合で付け足した文書を取り除いた」という訳ではありませんし、ユダヤ人達自身も信仰していた文書をヤムニア会議によって紀元90年以降に正典から取り除いた事になるのです。

ヤムニア会議の頃にはイエス派は一大勢力へと成長しつつあり、彼らの拠り所であった「七十人訳聖書」の価値を下げる事を、ヘレニズムを敵視するファリサイ派のラビ達が意識しなかったとは言い難いでしょう。

「外典」と聞くと「正典でない為、価値がない」という印象を受けてしまいますが、こういった経緯を考えると、実は聖書を読む上で重要な文書群なのです。



聖書を読む 「タルムード」

※私はミッションスクール出身ですが洗礼を受けていません(信徒でない)、 あくまで文学・歴史書として読んだ場合の個人的な感想です。基本的に信徒以外の方に向けて書いております。


律法と口伝律法


アブラハムの宗教では人々は神からの指示を守る必要があるのですが、その為には預言者が受け取った神の指示を「口」で伝えるか「字」で伝えるかしなければなりません。「十戒」については、最初から神が「字」で伝えてくれたので問題ありませんが、律法は「十戒」以外にも膨大に存在します。

そこで信徒達は「十戒」以外の律法も含めて書かれている「モーセ五書(トーラー)」を読んで神の指示を理解しようと、今に至るまで日々聖書の研究を行っているのです。

しかし、ユダヤ教では聖書に書かれている律法だけ守っていても駄目だというのです。
何故ならば、神はモーセに「律法」を授けたと同時に、口伝で伝承するべき「口伝律法」も同時に授けたというのがユダヤ教徒達の認識だからです。



口伝律法とタルムード


不思議な事にある時期にイスラエルの人々は口伝律法を文書化するプロジェクトに取り組みだします。そして文章化された口伝律法の最終形が「タルムード」とよばれる文章群です。

もはや口伝なのか口伝でないのか分からなくなった口伝律法ですが、「タルムード」とはヘブライ語で研究を意味する言葉らしいので、あくまで「口伝律法の解説書」であって、「大事な部分は口伝で語り継いでいるので神の指示を無視しているわけではない」という事なのかもしれません。

何にせよ、ユダヤ教徒達は律法が書かれた「トーラー」と口伝律法が書かれた「タルムード」の二つを正典として信仰している訳です。




タルムードとキリスト教


問題はキリスト教徒達で、聖書には「神がモーセに口伝律法も同時に与えていた」等という事は「口で伝えるべき」と指示されているのですから、当然書かれていません。

もちろん、元々キリスト教もユダヤ教の中から生まれた宗教ですので、一部の人はこの事を知っていた筈ですが…私の経験上では現代のキリスト教徒達の間で「口伝律法」が受け継がれている様子はありませんでした。

イエス派の登場は口伝律法の文書化プロジェクトが始まる100年以上前ですので、多くのキリスト教徒にとっては、神の指示の半分しか知らなかったという状況が発生したのは間違いないでしょう。

そして「タルムード」完成後も正典に取り入れなかった事実から、「口伝律法が本物の預言でない」とキリスト教徒達は判断した事になってしまいます。

聖書を読む 「モーセ五書」

※私はミッションスクール出身ですが洗礼を受けていません(信徒でない)、 あくまで文学・歴史書として読んだ場合の個人的な感想です。基本的に信徒以外の方に向けて書いております。

トーラーとモーセ五書


ユダヤ教には律法(神の支持)が書かれている「トーラー」と呼ばれる文章があり、ユダヤ教徒の方々はこの律法に従って生活します。

「トーラー」はモーセが直接書いたと伝えられている事から、キリスト教では「モーセ五書」と呼ばれます。キリスト教でも同様に旧約聖書に収められてはいますが、イエスが処刑された際に一部の律法(儀式律法)は成就され守る必要がなくなったと考えられています。

神が書いたのかモーセが書いたのこんがらがってしまった人もいるかと思いますが、神が「十戒」を直接石板に書き、その後モーセ―がトーラーに「十戒」と「その他の律法」を直接書いという順番です。



石板のその後


神が直接書いてくださった「ありがたい石板」ですが、偶像崇拝をするイスラエル人を見て怒ったモーセが、何故か自分で叩き割ってしまいます。今の私達の感覚だと「そんな罰当たりな事しても大丈夫なのか!?」と思ってしまいますが、そんなモーセに神は「もう一回書いてあげるから石板を作ってね」と言ってくれます。

出エジプト記 32:18(口語訳)
モーセが宿営に近づくと、子牛と踊りとを見たので、彼は怒りに燃え、手からかの板を投げうち、これを山のふもとで砕いた。

出エジプト記 34:1(口語訳)
主はモーセに言われた、「あなたは前のような石の板二枚を、切って造りなさい。わたしはあなたが砕いた初めの板にあった言葉を、その板に書くであろう



本物の石板の姿


シナイ山で手に入れた「石板」と聞いて、茶色や灰色の墓石みたいな物を想像しませんでしたか?実際よく絵画等に書かれている石板はその様な見た目をしていますが、その場合は聖書やタルムードで書かれている内容が正しく反映されているとは言い難いのです。

驚くべきことに「タルムード」には石板はサファイアで出来ていたと書かれており、石板の大きさはだいたい50センチ四方と言い伝えられているので、石板の材質がサファイアである事を考えれば想像を絶する代物です。

石板は「契約の箱」に納めて管理されるのですが、このアイテムが後に偶像崇拝を禁止しているユダヤ教の崇拝の対象になっていきます。



聖書を読む 「預言者」

※私はミッションスクール出身ですが洗礼を受けていません(信徒でない)、 あくまで文学・歴史書として読んだ場合の個人的な感想です。基本的に信徒以外の方に向けて書いております。

預言者は何者か?


聖書に登場する預言者(prophet)とは神託を伝える事の出来る者の事で、神の言葉を人間たちに伝えるという意味では日本の巫女と同じ役割を担う者達です。聖書にはこの預言者が大量に登場するのですが、その中でも恐らく「モーセ」の名前が最も有名でしょう。

「モーセ」はシナイ山の山頂で神の声を一人だけで聴き、下山した後に人々へ信託を伝えました。神が人間に与えた命令を「ミツヴァ」といい、これを文字にした物が「ミクラー(ヘブライ語聖書)」といいますが、この時伝わった内容が「旧約聖書」のベースの部分になります。

子供の頃この話を聞いた時は「こんな色々な事を言われて、モーセさんは一字一句間違いなく皆に伝える事が出来たのか?」と不安になったものですが、神様もそう考えたのか有名な「十戒」に関しては、直接石板に字を書いたようです。

出エジプト記 31:18(口語訳)
主はシナイ山でモーセに語り終えられたとき、あかしの板二枚、すなわち神が指をもって書かれた石の板をモーセに授けられた。



預言者は本物か?


誤解されがちですが、神が人間与えた命令は「永遠に変わる事の無い、この世で唯一の真理」ではなく、神は臨機応変に契約の内容を更新します。その場合、命令の内容が変わった事を知らないで前の命令を守っていたら大変ですので、その様な時も預言者が現れて、新たな教えを広める事になります。

神は命令の更新について基本的には預言者を通じてでしか人々に周知しない訳ですが、この方法は我々人間には非常に厄介です。命令が更新されていないかを常に心配する必要がある上に、自分の都合で嘘の内容を皆に拡散する「偽の預言者」を常に警戒しないといけないのです。

預言者が本物か偽物かを判断する事はとてつもなく困難ですので、アブラハムの宗教では誰を預言者と「認める」「認めない」という争いが度々発生してしまいます。



預言者は増え続ける?


モーセの預言を信じた者達も、キリストの登場により彼の預言を認め「契約が更新された」と判断したキリスト教と、キリストを預言者とは認めず「契約はそれ以前と変わらない」と判断したユダヤ教とに分裂してしまいます。

更に、ムハンマドと呼ばれる預言者が現れた事で「契約が再度更新された」と判断したイスラム教が登場しますが、当然の事ながらユダヤ教徒とキリスト教徒はそれぞれムハンマドを預言者とは認めませんでした。

いつかは誰かが「私が最後の預言者で、私以降は契約が更新される事はない」などと言い出す者が出てくるだろうな…と考えてしまった人…正解です。「ムハンマド」彼は「最後にして最高の預言者」と呼ばれています。



聖書を読む 「エドム人とヘロデ朝」

※私はミッションスクール出身ですが洗礼を受けていません(信徒でない)、 あくまで文学・歴史書として読んだ場合の個人的な感想です。基本的に信徒以外の方に向けて書いております。

エドム系の王朝


イエスが活躍した時代のパレスチナにはヘロデ朝(Herodian Dynasty)と呼ばれる王朝が存在しました。この王朝はエドム人達がユダヤ人に同化させられてしまったハスモン朝に続く王朝です。

ヘロデ朝は「ヘロデ」と呼ばれる人物が紀元前37年にローマの元老院から「ユダヤ人の王」の称号を与えられた事から始まるのですが、面白い事に彼はエドム系のユダヤ人でした。つまりヘロデ朝とはエサウの子孫が建てた王朝といった面白い側面を持っているのです。

この事実を知ると、新約聖書の中でユダヤ人の統治者である彼等までもが悪く書かれている理由が少しだけ納得出来るのではないでしょうか。



マタイによる福音書のヘロデ


ヘロデは紀元前4年までパレスチナを統治する為、イエス誕生時の王様ということになり、この事は新約聖書でも「マタイによる福音書(St_Matthew)」に書かれています。

マタイによる福音書 2:1-2 口語訳
1イエスがヘロデ王の代に、ユダヤのベツレヘムでお生れになったとき、見よ、東からきた博士たちがエルサレムに着いて言った、 2「ユダヤ人の王としてお生れになったかたは、どこにおられますか。わたしたちは東の方でその星を見たので、そのかたを拝みにきました」

マタイによる福音書 2:13 口語訳
彼らが帰って行ったのち、見よ、主の使が夢でヨセフに現れて言った、「立って、幼な子とその母を連れて、エジプトに逃げなさい。そして、あなたに知らせるまで、そこにとどまっていなさい。ヘロデが幼な子を捜し出して、殺そうとしている」

マタイによる福音書 2:16 口語訳
さて、ヘロデは博士たちにだまされたと知って、非常に立腹した。そして人々をつかわし、博士たちから確かめた時に基いて、ベツレヘムとその附近の地方とにいる二歳以下の男の子を、ことごとく殺した


ヘロデの幼児虐殺


「マタイによる福音書」の2章は「新たな王(イエス)の出現を知ったヘロデ王がイエスを殺す為に、イエスの生まれた村付近の幼子をことごとく殺す」といったヘロデ朝へのプロパガンダ的な内容になっており、信徒の間ではこの時殺された子供達は1万~6万人程と認識されているようです。

ヘロデ王が本当にこのような残虐行為を行ったのかは分かりませんが、子供の人口が10%程と考えるとベツレヘム附近には10万人~60万人程の人が住んでいた事になり(東京都八王子市で58万人程)、当時ベツレヘムが相当な田舎だった事から考えると(数百~千人程)、事件の規模はもう少し違っていたでしょう。

又、このシーンはよく映画等でオマージュされるので、何となく似た話を聞いた事がある人もいたのではないかと思います。





聖書を読む 「エドムとイドマヤ」

※私はミッションスクール出身ですが洗礼を受けていません(信徒でない)、 あくまで文学・歴史書として読んだ場合の個人的な感想です。基本的に信徒以外の方に向けて書いております。

エドム人≒イドマヤ人


エドム人はユダヤ人の奴隷になったと別の記事に書きましたが、あくまで旧約聖書の偽典「ヨベル書」を正とした場合です。基本的に偽典は正典よりも信憑性が低いとされていますので、信徒さん達はヤコブとエサウが和解したと考えています。ですが、彼らの子孫は上手くいかなかったようで、エドムとイスラエルには度々争いが起こりました。

時代が進むとエドム人達はヘレニズム文化の影響を受けるようになり「イドマヤ人」と呼ばれるようになります。しかし、イドマヤ人達も紀元前100年頃迄にはイスラエルに敗北しユダヤ人に同化させられてしまいます。

エドム人は「預言書」でも度々神の怒りを買うなど始祖のエサウ共々、余り好ましくない民族として書かれいます…ちょっと不憫ですが、聖書に収められている多くの書物は自分達以外の民族に対して酷い書き方をする事が多いので、この辺は折り合いをつけて読まないと「辛い」「しんどい」と感じるかもしれません。





サムエル記のエドム


聖書に収められている歴史書「サムエル記下(2Samuel)」と「歴代誌上(1Chronicles)」にはほぼ同じ内容で「イスラエル・ユダ連合王国」の時代に属国となった事が書かれています。

サムエル記下 8:14(口語訳)
そしてエドムに守備隊を置いた。すなわちエドムの全地に守備隊を置き、エドムびとは皆ダビデのしもべとなった。主はダビデにすべてその行く所で勝利を与えられた。

歴代誌上 18:13(口語訳)
ダビデはエドムに守備隊を置き、エドムびとは皆ダビデのしもべとなった。主はダビデにすべてその行く所で勝利を与えられた。




歴代誌のエドム


また別の歴史書「歴代誌下(2Chronicles)」には興味深い事に、エドム人たちが偶像神を信仰していた事が書かれています。エサウの子孫達は、神の祝福を受けられなくなった事でアブラハムの神を信じる事をやめてしまったのでしょうか?

歴代誌下 25:14(口語訳)
アマジヤはエドムびとを殺して帰った時、セイルびとの神々を携えてきて、これを安置して自分の神とし、これを礼拝し、これにささげ物をなした。
※セイルとはエサウが住んだ土地という意味

現代では、ハスモン朝の「ヨハネ・ヒルカノス1世」(レビ族出身)にエドム地方が征服された時に、イドマヤ人はユダヤ教へと改宗させられたと考えられており、もしかするとエドム人がエサウの子孫という設定はイスラエルの民が一方的に信じていた話だったのかもしれません。



聖書を読む 「聖書由来の名前 アブラハムの系図+α」


聖書由来の名前

これまでの記事で出てきた人物に由来する名前をまとめておきます。

アブラハム

アラビア語イブラヒムイブラーヒーム
ギリシア語アブラハム
ヘブライ語アヴラーハーム
英語エイブラハム

イシュマエル

アラビア語イスマーイール

イサク

アラビア語イスハークイシャク
ギリシア語イサキオス
スペイン語イサーク
ドイツ語イザーク
ヘブライ語イツァーク
ロシア語イサアク

エサウ

アラビア語イスーアイス

ヤコブ

イタリア語ジャコモヤコポ
スペイン語ハイメディエゴ
ドイツ語ヤーコプ
フランス語ジャック(ジョン)ジャコブジャクリーヌ
英語ジェイコブ (ジェイク)ジェームズ(ジミー ジム  ジンボ ジェイミー)ジャクリーン

イスラエル

アラビア語イスラーイール

サウル(サウロ)

イタリア語パオロパオラ
ギリシア語パウロスパヴロス
スペイン語パブロ
スラヴ語パウェル
セルビア語パヴレ
ドイツ語パウル
フィンランド語 サウリパーヴォ
ポーランド語 パヴェウ
ラテン語パウルス
ロシア語パーヴェル
英語ポール

ダビデ

ウェールズ語ダフィズ
スペイン語ダビド
ドイツ語ダーヴィトダーフィト
フィンランド語 ダヴィッド
英語
デイヴィッド(デーブ)

イエス

アラビア語イーサー
ギリシア語イエースース
スペイン語ヘスス
ヘブライ語ヨシュア(イェホシュア イェシュア)
ラテン語イエースース
英語ジーザス

聖書を読む 「エサウとヤコブ」

※私はミッションスクール出身ですが洗礼を受けていません(信徒でない)、 あくまで文学・歴史書として読んだ場合の個人的な感想です。基本的に信徒以外の方に向けて書いております。

神からの祝福


我々日本人などには残念なお知らせですが…
アブラハムの宗教ではイスラエルの民は祝福を受けた特別な民族という大前提があります。
どうやらそれは彼らの始祖であるアブラハムが神から祝福を与えられた事に由来している様です。

創世記 12:2 (口語訳)
わたしはあなたを大いなる国民とし、あなたを祝福し、あなたの名を大きくしよう。あなたは祝福の基となるであろう。

そして、アブラハムに与えられた祝福は息子イサクに受け継がれヤコブ(イスラエル)に受け継がれ、その子孫であるイスラエルの民に受け継がれているという訳です。
ただ、この祝福は歴史にifがあれば別の民族に与えられていたかもしれないのです。


父からの祝福


ヤコブ(イスラエル)は父イサクから祝福を受けた訳ですが、実はヤコブにはエサウという兄がおり本来祝福はエサウに与えられるはずでした。
事の始まりは、エサウが空腹時に食べ物と交換にヤコブに長子(長男)の権利を譲る口約束をしてしまった事が原因なのですが…年を取り目が見えなくなった父イサクにヤコブはエサウのふりをして近づき、先に祝福を受けていまうという衝撃の展開があるのです。

私が最初にこの話を知った時は「えぇ…それでいいの…?」と思ってしまいましたが、
一般的には「神から与えられた権利を簡単に譲るべきではない教訓」と考えるようで、エサウに対して否定的な捉え方をする方が多いです。

個人的には手段より結果を重視し、「騙し騙される事も駆け引きの内」と考える事が出来る、我々の道徳感では測れない彼等らしいお話だと今では思っています。



エサウとエドム人


少し可哀そうなエサウですが彼もなかなかのキャラクターで、自分の祝福が横取りされてしまった事を知ると怒ってヤコブを殺そうとします…かと思えば、時が過ぎて後逃げ出したヤコブが帰って来ると今度は涙を流して再開を喜んだりもするのです。

おまけに旧約聖書の偽典「ヨベル書」では自分の子供たちに祝福を譲ってしまった事を責められ、またもヤコブを殺そうとし、最後には返り討ちにあって死んでしまいます。

そして、聖書の歴史ではエサウの一族はイスラエルの奴隷となってしまい、彼らの子孫がエドム人となって行くのです。



聖書を読む 「イスラエル王国」

※私はミッションスクール出身ですが洗礼を受けていません(信徒でない)、 あくまで文学・歴史書として読んだ場合の個人的な感想です。基本的に信徒以外の方に向けて書いております。

イスラエル


「イスラエル」と聞くと現在中東に存在する国家を思い浮かべると思いますが、現在そう呼ばれている国家は1948年に出来たばかりの比較的新しい国家です。
もちろん古代イスラエル王国と現在のイスラエルは無関係ではありませんが、今回は旧約聖書に収められている歴史書「列王記(Kings)」に登場する「イスラエル王国」についてご紹介したいと思います。

多くの人は意外に感じると思いますが、最初に聖書に登場する「イスラエル」とは創世記(Genesis)の登場人物の名前なのです。更に驚くべき事に「イスラエル」とは「神に勝つ者」という意味で、「ヤコブ」という人物が神との格闘に勝利した結果名乗るようになった名前だと書かれているのです。

「神に勝つ?」「そもそも神と戦う?」イメージしていた聖書の内容と違うと思った方もいるかもしれません、下記に一部を引用しておきます。

創世記32:28(口語訳)
その人は言った、「あなたはもはや名をヤコブと言わず、イスラエルと言いなさい。あなたが神と人とに、力を争って勝ったからです」。


古代イスラエル王国


「イスラエル王国」といった場合にも「イスラエル・ユダ連合王国」を指す場合と「北イスラエル王国」を指す場合があります。
もともと古代イスラエルには有力な部族が複数存在していましたが、紀元前1000年頃に「サウル」をリーダとする12士族の連合王国「イスラエル・ユダ連合王国」が誕生します。

しかし、この王国は「ソロモン」の死後に後継者争が発生し、紀元前922年頃に「ヤロブアム1世」を支持した10士族の「北イスラエル王国」と「レハブアム」を支持した2士族(ユダ族、ベニヤミン族)の「ユダ王国」に分裂してしまいます。

実は「イスラエル・ユダ連合王国」の王「サウル」「イシュ・ボシェテ」「ダビデ」「ソロモン」と分裂時に2士族が支持した「レハブアム」は、前の二人がベニヤミン族、後の三人がユダ族の出身で、もしかすると離反した10士族はユダ・ベニヤミン族に不満を持っていたのかもしれません。

余談ですが、「ユダ」は何かと有名ですが、「ベニヤミン」も「ベンジャミン」と言う名前なら聞いた事がある人もいるのではないでしょうか?

滅亡、その後


分裂した二つの王国ですが、「北イスラエル王国」は紀元前722年にアッシリアのサルゴン2世によって滅ぼされ、「ユダ王国」はアッシリアの貢納国になる事で一旦は滅亡を逃れたものの、紀元前586年にバビロニアのネブカドネザルによって滅ぼされます。

その後の歴史を追っていくと「ユダ王国」の2士族が現在の「ユダヤ人」、残りの「北イスラエル王国」の10士族は「サマリア人」へと繋がっていくのですが、非常に興味深い内容ですので今後別の記事で詳しく書く予定です。



プロフィール

おぼさりてい

おぼさりてい
歴史・経済に興味有り

広告

全記事表示リンク

検索フォーム