聖書を読む 「ユダヤ人の呼ばれ方の由来」

※私はミッションスクール出身ですが洗礼を受けていません(信徒でない)、 あくまで文学・歴史書として読んだ場合の個人的な感想です。基本的に信徒以外の方に向けて書いております。


「旧約聖書」の元となった「ヘブライ語聖書」を作成したユダヤ人達ですが、彼らは大昔から世界中に散らばって生活しており、住んでいた地域によって大まかに分類される事があります。中東関係のニュースなどで「ミズラヒム」などの言葉を耳にした事がある人もいるかもしれません。

「ミズラヒム」は中東周辺にもともと住んでいたユダヤ人を指す言葉なのですが、他にも「アシュケナジム」「セファルディム」といった分類があるのですが、実はそれらは聖書の言葉に由来するといわれています。


アシュケナジム


「アシュケナジム」という言葉の由来はヘブライ語でドイツを意味する「アシュケナージ」といわれており、「創世記(Genesis)」と「歴代誌上(Chronicles)」からその名前が取られているといわれています。

創世記 10:3(口語訳)
ゴメルの子孫はアシケナズ、リパテ、トガルマ。
歴代誌上 1:6(口語訳)
ゴメルの子らはアシケナズ、デパテ、トガルマ。

「アシュケナジム」の登場は7世紀とされており、ユダヤ人=金融業といったイメージを持っている方もいるかもしれませんが、多くの場合は「アシュケナジム」と分類されている彼等の事を指しており、現在でもイスラエル社会などのエリート層の多くは「アシュケナジム」となっています。

世界中に散らばったユダヤ人達ですが、多くは「セファルディム」「ミズラヒム」のように地中海沿岸部に住んでいたようで、ドイツ周辺にユダヤ人が住み始めたのが何時からなのかは現在も詳しく判明しておらず、イスラエル王国とは全く関係のないハザール王国の子孫であるという説まで存在します。


セファルディム


「セファルディム(Sephardim)」という言葉の由来は、スペイン系ユダヤ人がイベリア半島の事を聖書に登場する土地の名前から取って「セファラド」と呼んだ事に由来しているといわれています。
オバデヤ書 1:20(口語訳)
ハラにいるイスラエルの人々の捕われ人は、
フェニキヤをザレパテまで取り、
セパラデにいるエルサレムの捕われ人は、
ネゲブの町々を獲る。

その登場は15世紀前後とされておりエリートが多い「アシュケナジム」と比べて貧しい場合が多く、しかもその差は非常に大きいといわれています。



ミズラヒム


「ミズラヒム(Mizrachim)」という言葉の由来は、ヘブライ語で東を意味する「ミズラハ」の複数形だといわれています。主に中東周辺に住んでいたユダヤ人たちを指し、二大勢力となっている「セファルディム」「アシュケナジム」に対して少数派ですが、「ディアスポラ」とならずにパレスチナにとどまった人達を含んでいます。

パレスチナなどのアラブ社会と共存していた人々の中にはシオニズムによりイスラエルを建国し、中東が混乱する原因を作った「セファルディム」「アシュケナジム」を良く思っていない人達も存在し、「ミズラヒム」という言葉自体も現在のイスラエル社会に強い影響を与えている「セファルディム」「アシュケナジム」に対して出現した言葉といわれています。



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聖書を読む 「複数形の神」

※私はミッションスクール出身ですが洗礼を受けていません(信徒でない)、 あくまで文学・歴史書として読んだ場合の個人的な感想です。基本的に信徒以外の方に向けて書いております。


複数形の疑問


アブラハムの宗教は一般的には一神教と呼ばれており、日本神話やギリシャ神話と違い「神」と呼ばれる存在が複数存在しない事をその特徴としています。イスラム教のシャハーダで宣言される「アッラーの他に神は無し」というフレーズは誰しも聞いた事があるのではないでしょうか。

ですが、実際に聖書を読むと神が複数存在するような書かれ方がされている事に気が付く筈です。聖書を読んだ事がない人の中には「そんなはずがない」「どうせ書かれているのは外典や儀典なのだろう」と思われた人もいるかもしれません。

しかし、聖書を本当に読んだ事がある人はこの事に異議を唱える人などいないと思われます。何故ならばその記述が最初に登場する箇所は、誰もが一番最初に読むであろう「創世記(Genesis)」の第一章だからなのです。




旧約聖書の神々


創世記には前述した箇所以外にも、新世紀エヴァンゲリオンのモチーフになった事で有名になった創世記の「命の木」のシーンでも、神は自分自身で「われわれ」と発言しています。

創世記 1:26(口語訳)
神はまた言われた、「われわれのかたちに、われわれにかたどって人を造り、これに海の魚と、空の鳥と、家畜と、地のすべての獣と、地のすべての這うものとを治めさせよう」
創世記 3:22-23(口語訳)
22主なる神は言われた、「見よ、人はわれわれのひとりのようになり、善悪を知るものとなった。彼は手を伸べ、命の木からも取って食べ、永久に生きるかも知れない」。 23そこで主なる神は彼をエデンの園から追い出して、人が造られたその土を耕させられた。

聖書中で神という単語が複数形で記述されている箇所は沢山ありますが、ユダヤ教の「テヒリーム」に当たる詩篇(Psalm)では、あたかも自分たちの神以外にも神が存在するかのように書かれていたり、面白い物では「神々の会議」というシーンも登場します。

詩篇 95:3(口語訳)
主は大いなる神、すべての神にまさって大いなる王だからである。
詩篇 82:1(口語訳)
神は神の会議のなかに立たれる。
神は神々のなかで、さばきを行われる。



エロヒムとエール


この様に一神教と呼ばれているアブラハムの宗教の神が複数形で書かれている理由は、聖書で神を現すのに用いられているヘブライ語の「エロヒム」という単語が、神を意味する「エール」の複数形である為なのです。この事についての解釈は昔から信徒達を悩ましてきた問題で、翻訳の際にも「God」なのか「gods」なのかは非常に注意が払われてきました。

そしてこの「エール」という単語は、異教徒の神である「ケモシュ(モアブの神)」の記述でも登場する他、「ミカエル」「ガブリエル」などの天使についている「エル」としても使われています。

アブラハムの宗教では、神である「ヤハウェ」より「ミカエル」などの天使をありがたがる天使崇拝が問題視される事がありますが、もしかしたら今天使と呼ばれている存在が元は「ヤハウェ」以外の神だったのかもしれません。



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